| 2026/03/26 21:11 |
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| 2007/01/31 22:35 |
試作機の魔窟№.008 川崎試作急降下爆撃機キー66 |
ようするにどうでもよかったのか?
第二次大戦頃の爆撃なんてのはいわゆる数撃ちゃ当たる戦法だった。なにせ照準器とかの儀装が未熟で優秀と言われたノルデン照準器でも風に流されたりするとあらぬ方向に行ったり、そもそも航法を間違えて違う町やもっとひどい時は違う国に爆撃することもあった。そこで機体を急降下させて命中精度を高めた急降下爆撃機が生まれて主にドイツ空軍(いわゆるルフトバッフェだな)と日米海軍が率先して運用したんだが電撃戦で活躍したJu87とか輸入したJu88とかの影響を受けたんだろう日本陸軍でも双発の急降下爆撃機を川崎に作らせることにした。川崎といえば三式戦のイメージが強そうだが九九式双軽とか九八式単軽みたいな軽爆撃機も結構手がけてたメーカーで、機体設計は九九式双軽のを流用していて見かけは九九式双軽の弟分みたいな感じになっていて爆弾500キロまでを搭載できてスノコ状ダイブブレーキを持っていて出来はまあ初めてにしては結構よかった。が、ところがドッコイ、元にした九九式双軽二型乙が50度までの亜急降下に耐えられることが分かって多少速度が速くて武装の少ないこの急降下爆撃機はキャラが被ってるという理由でお蔵入りにされた。そもそも陸軍も言い出したわりにはあんまり関心がなかったみたいでうやむやにされた感も結構強いものの陸軍が作った専用の急降下爆撃機はこれだけ、でも軽爆撃機とか襲撃機も急降下できたからやっぱりいらなかったんだろうな
| 2007/01/26 22:38 |
また鈍臭い |
| 2007/01/24 19:00 |
今さら・・・・・ |
え~、まことに今さらな話ですが・・・・・
もし2000年に自A隊で何らかの兵器火器で採用したらどうなってたんだって話。
だがまあ普通の日本人なら零戦の刷り込み効果でまちがいなく零式と言うだろう、ただ、ここで確認しなくてはならないのは旧軍と自衛隊の表記の違い、旧軍が九九式、二式のように漢数字を使ってるのに対して自衛隊は74式、90式のようにアラビア数字で表記していてこれに則って表すと0式もしくは00式となる。これじゃまる式、ペケペケ式にしか見えないからなんだかな~と言うわけで旧陸軍風に100式と言うのが正しいのかもしれない、ただしこれにも問題がないわけでもない、なにせ100年なんて早いようで短いもんで2000年に戦車を採用して2100年にも採用すれば同じ名前の戦車が出来てしまう、ついでに言うと2061年に戦車を採用すればまた61式戦車が生まれてしまうわけでさすがに100年前の兵器が実戦で使われることはないだろうが見ている側にとっては実にややこしい、がしかし軍艦ではよくある話なわけでたとえば有名所では戦艦大和の前に葛城型巡洋艦(初代)に大和があって武蔵に至っては三代も使いまわされてるから案外やるかもしれないなこれ
で、結局なんの話がしたかったかと言うと自衛隊さん、2000年に採用してたらなんて呼んだの?
| 2007/01/21 23:11 |
試作機ってなにさ? |
今まで散々岡部ださく氏の「世界の駄っ作機」の劣化コピーテイストの試作機の魔窟シリーズをお送りしてきたわけなのだがそもそも試作機ってなにさ?ってな話をしようというわけだ。(これも世界の駄っ作機にあったなたしか)
たとえば、F-16でも零戦でも90式戦車でもドライヤーでもいいんだけど今も昔も艦艇以外はなんか新しいものを作る時は大抵試作型、プロトタイプを作る。戦闘機とかの場合まずコンセプトを決めてから設計をしてからだいたいは試作機を作ってその設計が正しかったか試すんだけど今なんかコンピュータなんて文明の利器があるから試作機と生産型じゃほとんど形が一緒なわけだ。でも少なくとも30年ぐらい前はコンピュータも発達してなかったしその30年前は風洞試験が頼りだったからいくら設計が完璧に出来たと思っても飛ばしてみたら安定性が悪いとかフラッターが起きるとかつまりやってみなくちゃわからない問題が出てきてそれを解消するために設計を変更して新しい試作機を作ったりを繰り返して出来た原型機を元に量産、つまりその前の改修を繰り返したのは試作原型機となるわけだ。
ちなみに実験機はまた違って試作機が量産型を作ることで目的を果すのに大して実験機は例えば速く飛ぶとか新しい主翼の気流を調べるとかデータを採取するのが目的で性能が低すぎたり整備性が極端に悪かったりするから実戦ではまず使わない、というか使えない
ただし試作機を作らない場合もある。例としてはブラックバーンボウタがあってこれは設計段階で発注されてその設計のまま生産されてこれなら試作機を作る時間と資金と労力を節約できて一件良さそうに見えるけど大きな落とし穴がある・・・・・、ボウタもそうだったんだけど致命的な欠陥とかが見つかると試作機の場合は2号機3号機(ドイツ風に言えばV2、V3)を作れば済む話なんだが試作機無しで作ってて見つかったってことはその欠陥がある機体が今現在使われてて生産ラインに乗って次から次へと量産されてるってことでその機体全部を回収、そして改修しなくちゃならなくなる時間も手間も労力も掛かる事態になる。そんなわけでほとんどは試作機が作られるわけだ。
あとよくアニメなんかだと試作機とか実験機を実戦でつかったりするが試作機に関していえばよくあることで有名どころは零戦とティガー戦車、普通は実地や実戦試験の名目で投入されるんだけどアニメ等である試験落ちした機体(理由はだいたい「性能はいいけど諸事情でボツを」)実戦で使うってのは海外に輸出してたハインケルのHe112とか月光みたいに特殊な理由以外ではまずない、そもそも試験でポシャったってことは性能だったり生産性だったりに量産機としては許しがたい欠点があるってことでそもそも採用されてないってことは生産もされてないから予備の部品がない、それに部隊運用するには有る程度まとまった数も必要だ。まとまった数があれば「1機が損傷して予備の部品もない、でもほかにもっと酷い状態の機体があるからその部品を使う」とかができるけど試作機でそれをやると生産してないわけだから共食い状態でどんどん数が減ってゆくってことだ。(それ以外にも理由はいろいろある)
今日はこの辺で、またいつか続きを書くかも
| 2007/01/20 23:49 |
プラモのすゝめ改~三式戦闘機一型丁~ |
第十目プラモのすゝめ改は日本陸軍航空隊の三式戦闘機一型丁(ハセガワ)
飛燕には飛行第244戦隊の赤の尾翼と必勝の文字の組み合わせがやっぱり似合うな、ちなみに左右の落下増槽にそれぞれ「必」「勝」の字が書いてあったものの左右どっちかわからなくてとりあえず戦中だったし「勝必」にした。
ここからは実機の話よん
飛燕と言えば日本最後の液冷戦闘機、ちなみに愛称の飛燕は末期に付けられて搭乗員(陸軍式に言えば空中勤務者)たちにはロクイチとかって呼ばれてた。連合軍にはBf109のコピーだと思われてたけど実際は加速と縦方向の空戦いいBf109に対して三式戦は運動性も速度も良くする中戦思考だから性格は結構違う、ラジエーターはP-51と同じ胴体の真ん中に付けられててこれは空力特性がいいから、機体強度も高くて急降下制限速度は850キロ以上で三式戦はどんな空戦軌道でもリベットが飛ばない(一式戦とかは飛ぶのか?)とも言われたんだって。ただ日本の工業力が低かったのもそうだけどDB601自体がさすがはドイツ製、ほかの液冷発動機より結構複雑で南方だと諸事情で自然消滅に近い形で消滅、本土だと補給の心配はないけど部品の出来が悪かったりするからこれまたいろいろ問題があったわけでそんな中でも第244戦隊が活躍した話はほかのいろんなところで見られるから置いといてまたこれとは別問題で火力不足の問題も出てきててドイツからマウザー砲を輸入したり自家製の20ミリ機関砲を積んだりしてなんとかしたけど今度は武装強化による重量増加で性能が低下、同じ頃に登場したBf109G型が13ミリ×2、20ミリ×2、37ミリ×1で600キロ以上出るんなら設計はこっちが新しいんだしそりゃあれだ、発動機のせいだ。そんなわけで今度は発動機をパワーアップしたハ140にしたらパワーはあるけどただでさえよろしくなかった稼働率がますます低下、おまけに整備性も悪くなってて結局ハ140を積んだ三式戦二型改は100機余りの生産に終わって三式戦の開発も終了、こんな「あそこを良くすればここが悪くなる」って具合の最後だった。ただし発動機は生産自体が難しくてあんまり進まなかったのはいいとして機体のほうはほかの空冷戦闘機とかと作るのは変らないし戦況も戦況だから陸軍がケツを叩きまくったのかは知らないけど200機以上作ってしまった。もう「どーするよコレ」って話だ。それで発動機を換装した話はまたいつかの機会に・・・・