2024/04/25 19:33 |
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2007/01/20 23:49 |
プラモのすゝめ改~三式戦闘機一型丁~ |
第十目プラモのすゝめ改は日本陸軍航空隊の三式戦闘機一型丁(ハセガワ)
飛燕には飛行第244戦隊の赤の尾翼と必勝の文字の組み合わせがやっぱり似合うな、ちなみに左右の落下増槽にそれぞれ「必」「勝」の字が書いてあったものの左右どっちかわからなくてとりあえず戦中だったし「勝必」にした。
ここからは実機の話よん
飛燕と言えば日本最後の液冷戦闘機、ちなみに愛称の飛燕は末期に付けられて搭乗員(陸軍式に言えば空中勤務者)たちにはロクイチとかって呼ばれてた。連合軍にはBf109のコピーだと思われてたけど実際は加速と縦方向の空戦いいBf109に対して三式戦は運動性も速度も良くする中戦思考だから性格は結構違う、ラジエーターはP-51と同じ胴体の真ん中に付けられててこれは空力特性がいいから、機体強度も高くて急降下制限速度は850キロ以上で三式戦はどんな空戦軌道でもリベットが飛ばない(一式戦とかは飛ぶのか?)とも言われたんだって。ただ日本の工業力が低かったのもそうだけどDB601自体がさすがはドイツ製、ほかの液冷発動機より結構複雑で南方だと諸事情で自然消滅に近い形で消滅、本土だと補給の心配はないけど部品の出来が悪かったりするからこれまたいろいろ問題があったわけでそんな中でも第244戦隊が活躍した話はほかのいろんなところで見られるから置いといてまたこれとは別問題で火力不足の問題も出てきててドイツからマウザー砲を輸入したり自家製の20ミリ機関砲を積んだりしてなんとかしたけど今度は武装強化による重量増加で性能が低下、同じ頃に登場したBf109G型が13ミリ×2、20ミリ×2、37ミリ×1で600キロ以上出るんなら設計はこっちが新しいんだしそりゃあれだ、発動機のせいだ。そんなわけで今度は発動機をパワーアップしたハ140にしたらパワーはあるけどただでさえよろしくなかった稼働率がますます低下、おまけに整備性も悪くなってて結局ハ140を積んだ三式戦二型改は100機余りの生産に終わって三式戦の開発も終了、こんな「あそこを良くすればここが悪くなる」って具合の最後だった。ただし発動機は生産自体が難しくてあんまり進まなかったのはいいとして機体のほうはほかの空冷戦闘機とかと作るのは変らないし戦況も戦況だから陸軍がケツを叩きまくったのかは知らないけど200機以上作ってしまった。もう「どーするよコレ」って話だ。それで発動機を換装した話はまたいつかの機会に・・・・
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