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ミリタリーな戯言と独り言

軍事系戯言の坩堝
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2007/06/09
04:17
試作機の魔窟№.021 メッサーシュミットMe163コメート(後日ちょい補充版)

彗星堕つ!
f65abd42.jpgコメートと言えば実戦に参加したのじゃ世界最初で最後のロケット戦闘機(そういえば日本の桜花は世界最初で最後のロケット攻撃機なのか?)
そもそもコメートは無尾翼、デルタ翼機を熱心に研究していたリピッシュ博士がロケットの研究者フリッツ・フォン・オペルに「(当時リピッシュ博士が実験していた)無尾翼グライダーにロケットを搭載してみないか?」と言われたのが始まりでそれ以降改良を繰り返して完成したのがロケット迎撃戦闘機Me163コメートというわけだ。
コメートは大戦で使われた航空機としては最速の最高速度950キロで武装は30ミリ機関砲二門(ちなみに初期型は20ミリ二門です)上昇速度も無茶苦茶速い、つまりルフトバッフェの構想じゃ爆撃機が来たらバビューンと上がってダダダッと撃ってボカーンと迎撃してやろうという構想だった。まあ実際そんなにうまくいかなかったのは周知の事実でまず航続距離が短い、ひたすら短い、Bf109が霞んで見えるほど短い!なにせ最大8分しか飛べないから爆撃機が来てもよっぽどうまくタイミングをあわせないと捕捉できないホンマモンの局地戦闘機で捕捉しても相対速度が速すぎて射程がなくて発射速度の遅い30ミリ機関砲はマジで“当たらなければ意味は無い”ってな具合で機体がちっこいからスペースの関係上人体とかをものすごい勢いで溶かす燃料のタンクがパイロットの両脇にあったりして性能の割には戦果が出なくて被害ばっか出てきててしかもこれはまだ序の口、タイヤを収納するスペースがないからタイヤは離陸したら投棄してソリで着陸することになっていたけどミスれば確実に大事故でさらにその投棄するタイヤには緩衝材が無かったから滑走路を走ってて振動でボカンと行くことも多数でおまけにロケットの排気で滑走路がすぐダメになるから特殊コーティングをしてやらにゃならなくて安易にほかの基地に部隊を展開できなくて配備された基地を避けられると文字通り手も足を出なかった。結局いろいろ改修したMe263も作られたけど終戦を迎えて日本で秋水という似て非なる兄弟も作られたものの諸事情で試験飛行で墜落してもうロケット戦闘機はおしまい、終戦直後に初期のジェットエンジンの性能が低かったからそれをカバーできるロケット・ジェットを併用した戦闘機を各国が作ろうとしたけど主に上の事情で失敗してMe163から学ぶことはエンジンとはあんまり関係ない全翼形状くらいしかないんじゃないのか?

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2007/06/04
22:57
第01回 ミリ系本紹介(と感想):世界の傑作機シリーズ

世界の傑作機シリーズ
200706042233000.jpg読みやすさ
★★★☆☆
説明内容
★★★★★
オススメ度
★★☆☆☆
※はじめに申し上げますと自分の趣向は空>陸>海の順に偏ってます。ご了承を

軍用機のバイブルとしては最強の「世界の傑作機シリーズ」、機体の開発事情とか裏話とか開発者と現場の人のコメントとか実際の戦記とか薄さに反して内容はかなり濃ゆ~いです。
で、読みやすさが星4ツの理由はやっぱ専門書寄りなんで玄人向けですな、ある程度予備知識がないとヨメマセン。それで説明内容は上で言った理由から満点、オススメ度はやっぱ読みやすさと1機種に絞ってるところからするとこのくらいかな~、といったところです。まあいい本です、自分も「魔窟~」を書くときに重宝してますが応用力が低いのと九六式戦の説明がなぜかサラッと流されてて一番知りたかった3号戦と20ミリ機銃改造型がほとんど解説されてなかったりとかしてこの辺は恨んでたりしますね~

2007/06/04
22:35
なんか最近更新できないから机周りでも紹介しようかな~、ってな突発的グダグダ企画

タイトルでも言ってる通り最近更新してないからパソ机周りの本でも紹介しようかな~という誰も楽しくない超自己満足的企画、まあ本はほぼ全てミリタリ系で固めてるけど
誰も知りたくなかっただろうが世界初公開オラのパソ机(周り)
なんかいろいろありますが最初に目に付く場所から説明すると200706042158000.jpg
①プラスXガム(ちなみに本日昼に最後の1粒を喰ったので中身カラです)
②サッポロ生ラーメンのみその素(部屋にちっこいテーブルはあるのですがプラモ類に占拠されていて使用不可、よってメシはこのパソ机で)
③画像右端にチラッと写る涼宮ハルヒの公式
④逆転裁判3とその辺にちらばる日本海軍のパイロットさん
⑤お~い、お茶(さっき買ってきた)
⑥うずたかく積まれるマンガ、DVD類(ちなみに頂上は機動警察パトレイバーのムック本)
⑦塩とコロコロローラー
⑧ジョイスティック、IL-2とかBF1942で使う(ちなみにこれらゲームでオンラインはやってません
う~ん、説明にも突っ込みどころ満載ですがここは一つスルーで、まあ今回の主役はモニター挟んで左右に展開するミリ系本でこれからそんな類の本が欲しいけどどれ買えばいいか悩んでるそこのあなたとかそっちのあなた(イネーよ)のためは言いつつ実際は己の自己満足を満たすための企画です。まあここもスルーで行きましょう!

と、言うわけでミリ系本紹介は↑へ

2007/05/25
20:41
試作機の魔窟№.020 ユンカースJu87スツーカ

第二次大戦皆勤賞急降下爆撃機
c78f6f47.jpg




第二次大戦全期間を通して使われた急降下爆撃機で日米海軍の急降下爆撃機が機体を更新してずっこけた一方ドイツは後継機の開発自体でずっこけてしまったわけで結局バトルオブブリテンあたりから旧式化したJu87が老体にムチ打ってがっうばったわけだ。

で、ここから少し陸の話になるのだがそもそも緒戦でドイツ軍が大勝利を収めた電撃戦を極簡単に言うと機甲部隊と機械化歩兵の機動力で敵のテンポを乱して大混乱している間に攻め落とすことだったんだが支援に使う重砲はまだトラックに引っ張ってもらっていたから味方の進軍に付いて行けなかったわけだ。そこでピンポイント爆撃でその代わりをさせようと言うことで、つまり「空の砲兵」ということだ。まあ、それと同時にドイツ軍がアメリカの急降下爆撃機ヘルダイバー(初代)に感動したらしくて急降下爆撃機一点張りになったのもあるんだろうけどな。ただ、作ろうとはしたもののベルサイユ条約で軍用機開発が禁止されてたのとドイツは急降下爆撃機なんて作ったことないからひとまずすぐに実用化できる機体を作りつつ近代的な機体も作ることにした。そんでまず堅実なHs123を採用しながら次期急降下爆撃機の試作をさせてその中で一番の有力候補だったのがユンカースのJu87とハインケルのHe118(元He113)でJu87の試作1号機(いわゆるV1ね)は搭載予定のJumo210Aが間に合わなくて英国製のロールスロイス・ケストレルを搭載していて双垂直尾翼に2枚の木製ペラで排気管も集合式で風防なんかの形も微妙に違っていて外見はV2以降の試作機とか生産型とだいぶちがっていた。ちなみにこのV1はフラッターで右垂直尾翼が吹き飛んでそのまま墜落していて、その結果単垂直尾翼にされたわけで他の試作機との比較審査ではJumo210Aaを積んで垂直尾翼を改めたV2が出てそれをさらに改良したV3は予備機とされたんだそうだ。それでHe118は発展性があって速度もJu87より70キロばかし速かったものの第一次大戦のエースで技術局長だったウーデットがHe118のパイロットにやる気がないと思って自ら操縦して注意があったのにプロペラピッチの調節を忘れて急降下した結果猛烈な勢いでペラが逆回転してギアボックスごと、つでに尾部も吹っ飛んでそのまま操縦不能で墜落してしまった。ちなみにウーデットはなんとかパラシュートで脱出して無事、あー死ぬかと思った。まあ自分が悪いんだが
結果特に問題もなく要求性能も満たしてたJu87が採用されたんだが最初の生産型だったAシリーズは発動機の馬力不足で速度とか爆弾搭搭載量が低くてちゃんとした“スツーカ”は出力が300hp近く高いJumo211に換装したBシリーズ以降でそれ以来雷撃機にしたり艦載機にしたり対戦車攻撃機にしたり夜間爆撃機にしたり簡易輸送機(試作止まり)にしたりして後継機開発とか主脚を折りたたみ式にしたJu87F(後でJu187に改名)が失敗したからイロイロいじり倒されて戦争のかなり早い段階で旧式化してたけど44年10月まで生産されてメッサー(Bf109)ハインケル(He111)にならんで良き日のルフトバッフェの代名詞になってたわけだ、その時点では見る影もないが
実は同盟国日本にもJu87A2が2機輸入されたのだが運動性、操縦性、安定性共に意外と評価が高くて特に運動性は隼に多少劣る程度だったそうでだ。

2007/05/19
07:54
試作機の魔窟№.019 ノースロップP‐61ブラックウィドウ

黒いが幸は薄い
XP-61.jpg





欧州の空の戦いが激しくなり、ドイツとエゲレスはそれぞれの首都を爆撃しようとしたんだが真昼間に行けば対空砲火と戦闘機にボコボコにされるのは当たり前なもんだから戦闘機と対空砲火の脅威の少ない夜に爆撃をしようと考えたのはトーゼンの結果でもあり、ドイツはお荷物扱いされてたBf110ともともと急降下爆撃機として設計されたDo17とかJu88のおかげで夜間戦闘機には事足りなかったが、イギリスのほうはと言うとブレニムとかバトルオブブリテンで大損害を出してから引っ込めたディファアントだとか単発のハリケーンだとかかなりしょぼいラインナップだった。で、その戦いを大西洋を挟んだ向こう側で見ていたアメリカはこれからの戦いはっ夜戦機が重要だってのとそれを作れば英国がたくさん買ってくれそうだって商売っ気ムンムンな考えが浮かび1社特命でまだ出来て1年くらいしかしてないノースロップに作らせることにした。なにぶん夜戦機なんてアメリカは作ったことがないし持ってもいなかったから構想にはずいぶん悩んだのかはしらないがドイツ軍爆撃機を一撃で撃滅できる火力と長い滑空時間、それから強力なレーダーを装備することで決まって、完成した機体は双胴双発で20ミリ機関砲四門と12.7ミリ四連装リモコン1旋回機銃と機首にレドームに収納したディッシュドアンテナを装備する豪華な夜間戦闘機にしあがった・・・カタログ上では。このP-61はどうも幸が薄いようで第一の問題が背部の旋回機銃で回したり機銃を動かすと気流が乱れて振動を起こしたから初期型では固定してしまった。しかも振動問題が解決できなかったのとB-29の前部銃座もこれと同じだったせいで供給がB-29に優先されて撤去されたりもした。さらに重武装と初期の真空管を多用したレーダーのおかげで重量がハンパなく重くなり2000馬力級発動機を搭載した双発機でありながら最高速度は600キロを切らない程度で上昇力も低い鈍足な機体になっているし最大問題は就任した頃にはボーファイターだったりモスキートみたいなしっかりした夜戦機がいて英国はもちろん母国アメリカもそれを使っていたからなんだか必要性が薄くなって「別に採用しなくてもいいんじゃないか?」という流れもあったけど比較試験でゴネたおかげでなんとか採用された。そなんこんなでなんとか採用されて44年5月から配備も進められたものの当時残ってたのは虫の息状態のドイツ&日本でしかも本格的に使われたときにはドイツはもう降伏が秒読み段階だったから極東戦線の南島で使われたが日本も夜間に単機か数機でいやがらせ程度の爆撃をするだけだったからそのほかの米戦闘機のような武勇伝や逸話もなく終戦を迎え、排気タービンを装備したC型と偵察機型のF-15レポーターは少数生産に終わりB-29の長距離護衛用のD型はP-82ツインマスタング(ムスタング)との競争に負けて生産されなかった。最後までトホホな飛行機なのだが第二次大戦以降は夜間戦闘機は全天候機の枠に一括りにされたからこんなんでも米国最初で最後の専用夜間戦闘機なんだろうな
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