忍者ブログ

ミリタリーな戯言と独り言

軍事系戯言の坩堝
RECENT ENTRY RECENT COMMENT
[03/05 チョッパー]
[03/02 ichi]
[03/01 チョッパー]
[03/01 ichi]
[03/01 チョッパー]

2017/11/24
20:15
[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2007/06/09
04:17
試作機の魔窟№.021 メッサーシュミットMe163コメート(後日ちょい補充版)

彗星堕つ!
f65abd42.jpgコメートと言えば実戦に参加したのじゃ世界最初で最後のロケット戦闘機(そういえば日本の桜花は世界最初で最後のロケット攻撃機なのか?)
そもそもコメートは無尾翼、デルタ翼機を熱心に研究していたリピッシュ博士がロケットの研究者フリッツ・フォン・オペルに「(当時リピッシュ博士が実験していた)無尾翼グライダーにロケットを搭載してみないか?」と言われたのが始まりでそれ以降改良を繰り返して完成したのがロケット迎撃戦闘機Me163コメートというわけだ。
コメートは大戦で使われた航空機としては最速の最高速度950キロで武装は30ミリ機関砲二門(ちなみに初期型は20ミリ二門です)上昇速度も無茶苦茶速い、つまりルフトバッフェの構想じゃ爆撃機が来たらバビューンと上がってダダダッと撃ってボカーンと迎撃してやろうという構想だった。まあ実際そんなにうまくいかなかったのは周知の事実でまず航続距離が短い、ひたすら短い、Bf109が霞んで見えるほど短い!なにせ最大8分しか飛べないから爆撃機が来てもよっぽどうまくタイミングをあわせないと捕捉できないホンマモンの局地戦闘機で捕捉しても相対速度が速すぎて射程がなくて発射速度の遅い30ミリ機関砲はマジで“当たらなければ意味は無い”ってな具合で機体がちっこいからスペースの関係上人体とかをものすごい勢いで溶かす燃料のタンクがパイロットの両脇にあったりして性能の割には戦果が出なくて被害ばっか出てきててしかもこれはまだ序の口、タイヤを収納するスペースがないからタイヤは離陸したら投棄してソリで着陸することになっていたけどミスれば確実に大事故でさらにその投棄するタイヤには緩衝材が無かったから滑走路を走ってて振動でボカンと行くことも多数でおまけにロケットの排気で滑走路がすぐダメになるから特殊コーティングをしてやらにゃならなくて安易にほかの基地に部隊を展開できなくて配備された基地を避けられると文字通り手も足を出なかった。結局いろいろ改修したMe263も作られたけど終戦を迎えて日本で秋水という似て非なる兄弟も作られたものの諸事情で試験飛行で墜落してもうロケット戦闘機はおしまい、終戦直後に初期のジェットエンジンの性能が低かったからそれをカバーできるロケット・ジェットを併用した戦闘機を各国が作ろうとしたけど主に上の事情で失敗してMe163から学ぶことはエンジンとはあんまり関係ない全翼形状くらいしかないんじゃないのか?

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
URL
FONT COLOR
PASS

発想が凄いですよね
2007年09月09日日

形など洗練された物ではありませんが、こういった強引な印象がするものは私好きです(笑)思いついた当時の技術とか考えたりするのも楽しいですね、相対速度一千何百㌔、人間の勘で撃つにはバルカンの性能が必要だったでしょう、この機体に20㍉バルカン(笑)当時は無理だったのでしょうね。

失礼しました
2007年09月09日日

名前ミスしました

無題
2007年09月10日月

後期にはセンサー発射式のロケット弾も装備したそうですが遅過ぎた感がありますね・・・

迎撃機としての理想と現実のようなものが見え隠れしている気がします

私も思います
2007年09月10日月

戦時異常と言える早さで次々と新技術が双方で考え出されましたね、凄いエネルギーだと思います、しかし僅かな差(所望の時に間に合わないとか)が見え始めた時に一気に形勢は悪化するのかも知れませんね、これは品物が間に合うとか退き際とか…色々あるのでしょう、話代わりますが、ヒトラー最後の7日間という映画一度ご覧下さい、「防衛」?の極端な場面…やり過ぎです

横路にそれました
2007年09月10日月

F‐86の時代でしょうか、最初のサイドワインダーが出来た様です、原理自体簡単ですがシ現在でもシーカー(目)が味噌ですよね、赤外線センサーで発射タイミングをとるような方法だったのでしょうか、

無題
2007年09月13日木

日本もドイツも末期にはやっつけな兵器を量産していらほら当たりもあったのですがドイツが簡易銃だったのに日本が竹やりだったのはうやはりお国柄でしょうか(汗)

竹槍
2007年09月14日金

お国柄があるかも知れませんね(笑)、竹槍訓練は精神鍛錬、そんな辺りでしょうか、私二つ思う事は当時適齢で健康な男は特に技術や何かしら理由が無ければ徴兵されていたのかなと…これから考えると残るはその他の人(お年寄り、女性、子供、技術系)、誰も銃に向きませんし銃は素人に危険とは私も思います、その上で数を揃えでも無駄…という結論かも、実際にこの状態で会敵した場合終わりですので、やはり精神面だけの意識統一というかその為の手段かと…もう一つ、竹槍の女子供を皆殺し…やらないだろうな…そう思っての訓練と信じたいです、甘いかも?

無題
2007年09月14日金

十分な武装があったのは上陸の予想された鹿児島方面ぐらいだったのでそれ以外は本当に火縄銃やら青銅製の小さい大砲とかドイツの国民突撃隊-パンツァーファウストといったところでしょうか

TRACK BACK

トラックバックURLはこちら