忍者ブログ

ミリタリーな戯言と独り言

軍事系戯言の坩堝
RECENT ENTRY RECENT COMMENT
[03/05 チョッパー]
[03/02 ichi]
[03/01 チョッパー]
[03/01 ichi]
[03/01 チョッパー]

2026/03/29
15:33
[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2006/11/10
23:59
重箱の隅をめくる話

前回、前々回と書けなかった(書かなかった)重箱の隅をめくる話、今回はブララク中心で

レヴィがバーベキュー大好きオジサン(以下BQオジサン)を爆殺した時BQオジサンの腹を撃って貫通した弾が背中の燃料タンクに当たって爆死したのだが実はコレは結構考えにくいことだったりする。

なぜかと言うと弾丸は貫通性が高ければ高いほど相手に与えるダメージが下がるからだ。一般的にはそのほうが威力は高そうだが弾頭が変形すると変形した弾頭は体内の臓器等を傷つけ、ヘタすりゃ鉛中毒に陥る場合もある。ダムダム弾、ハローポイント、ソフトポイントなどの着弾時に弾頭が変形するものに比べ変形しない軍事用のフルメタルジャケット弾のほうが殺傷能力が低いのはこのためで、ゆえに同じ大きさでも初速の遅い方が殺傷能力も高くなる。つまり殺しの専門家のレヴィがこのような貫通性の高い弾を使うのは考えにくいと言う話である。

火炎放射器の話

火炎放射器は読んで字のごとく火を吹き付ける兵器で中世のローマ帝国では「ギリシアの火」と言われる火炎放射器のような兵器があったらしいが帝国崩壊に伴ない詳細不明で、現代使われるタイプのものは1901年にドイツで開発された。第一次大戦、第二次大戦共にトーチカや塹壕の攻略に使われたが射程が短く使いにくい上に被弾等に非常に弱い使いにくい兵器であるが硫黄島や沖縄戦では日本軍のトーチカを潰すために頻繁に用いられた。

PR

2006/11/10
22:08
小太郎さーん~北の国から三千里~

サブタイトルはどうでもいいんですが最近NEEDLESS THINGS が「現在、大変混みあっております。」で行けないと言う話です。

自分だけでしょうか?

呪いか、呪いなのか?

2006/11/08
19:49
プラモのすゝめ改~SBD-3~ドーントレス~

第五回目プラモのすゝめ改は米国海軍代表SBD-3~ドーントレス(ハセガワ

P1000035.JPGP1000036.JPG真っ赤なフラップ&ダイブブレーキ、色からすると威嚇用ではなく錆止めプライマーかな?剣道の面の格子の部分の裏もこの色、ちなみに実家の屋根を塗りかえた時も下地で塗っていたのでこの色でした。

組やすくそんなに難しい部分も無い良作、九九式艦爆と一緒に買って違いを比べながら作ると結構楽しいかもしれないな~、とか考えられますが唯一の落とし穴は肝心のダイブブレーキの穴が開いていないこと、自分はひたすらピンバイシングで開けることに・・・・

あともう一個がこのダイブブレーキは主翼と一体化されてるからいったん切り離さないといけないこと、胴体部分が膨らんでいてこのままではつっかえるから実機はどうやったか知らないけど胴体の方を削って合わせてほかのダイブブレーキは内側に切り込みを入れて適当な角度で開いた後で瞬着で固めて裏打ちしといた。

結構大変そうに書いているが今までのに比べると遥かに楽だった分類で、レベルのBf110は完成後も主脚が取れまくって大変だった記憶しかない

ここからは実機の話よん

SBD.jpg

042a020e.jpgSBDがミッドウェー海戦で大活躍したのはいわずもがなだから言わないが九九式艦爆とは爆弾搭載量以外の性能は同等、ちなみに世界で始めて急降下爆撃を考案したのはアメリカと言うのが現在の定説である。話を戻してSBDは太平洋戦争開戦当時に米海軍が使用していた艦載急降下爆撃機で胴体下部に1000ポンド、主翼下に100ポンド爆弾各1発を懸架することができ、後部には7.7ミリ連装銃座(坂井三郎に重傷を負わせたアレ)を搭載していて九九式艦爆の25番爆弾×1、3~6番爆弾各1、7.7ミリ防御機銃×1なのを考えると違い見えてくるだろう、ちなみにドイツのJu87の影響で米陸軍も着艦フックを廃止して尾輪を大型化したA-24を採用したがこちらはあまり活躍できなかったようだ。

2006/11/06
19:08
プラモのすゝめ改~九九式艦上爆撃機一一型~

第四回目プラモのすゝめ改はハセガワの九九式艦上爆撃機一一型、実はここから日米独の急降下爆撃機シリーズだったりする

P1000033.JPGP1000034.JPGキットは飴色の瑞鶴搭載機と赤い尾翼と黄色のストライプカラーの蒼龍搭載機が選べ、模型映えするのと飴色の配合がムズそうだったのを理由に蒼龍機を選択、九九式艦爆を作るのは2回目だったから特に問題はなかったものの大きなミスを犯してしまった・・・しかも2ヶ所

一つが下面を塗るときに主脚のスパッツに塗料が入らないようティッシュを詰めことでコレが大失敗、ティッシュの繊維がエアブラシの風で飛び散って下面が繊維だらけになってしまった(今も)

もう一つが尾翼で、暗緑色の上から赤を吹きつけたから発色が悪くなってしまったこと、ちなみに下面は明灰色だから発色がイイ

ここからは実機の話よん

a9985160jpeg23d976d3.jpg左が九九式艦爆一一型、右は原型の十一試特殊爆撃機

九九式艦爆は海軍初の実用艦上爆撃機九四式艦上爆撃機の改良型九六式艦上爆撃機の後継機(なげぇ)で、中島と愛知で試作競争がされ操縦性や速度が優れていたため愛知機が採用された。全金属製低単葉、主翼はつながりの深かったハインケル社に影響されたと思われる楕円テーペー翼が採用されている、また九九式艦爆では不意自転解消のために十一試特殊爆撃機になかった背ビレが追加されている

ライバルのSBDドーントレスと比べると性能はどっこいどっこいで運動性は九九式艦爆、搭載量はSBDが上といった具合だった。ちなみに両者の共通点は後継機がダメダメだったこと(彗星は機械的に、SB2Cは性能的に)

2006/11/04
23:22
残ってたんだ・・・

まず下の画像を見て欲しい

239f4050.jpg奥は局地戦闘機天雷なのだが問題は手前の艦上攻撃機天山、詳しい人なら集合排気管なので一一型と言うかもしれないが実は違う、これは天山の原型機の十四試艦上攻撃機である。カウリング上部の空気取り入れ口が量産型に比べて平べったく一体化した形状になっている。

はっきり言って十四試艦上攻撃機の写真は見たことが無い、私見ではあるが案外貴重なのかもしれない、あと後方の天雷の様子から終戦後に中島の小泉工場で撮影されたもの、つまり正式採用後も試作機は開発した工場なり会社なりで保管されていたのだろう

<<< PREV     NEXT >>>