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ミリタリーな戯言と独り言

軍事系戯言の坩堝
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2008/10/18
02:49
世界の迎撃機~アメリカ陸軍辺~

戦間期(戦前)のアメリカは第一次大戦の手痛~い被害のおかげで何処の国で戦争が起ころうがしらぬぞんぜるのモンロー主義が蔓延っていて、軍縮もあるだろうがB-17を「沿岸防衛用の空中要塞」といろいろと迎撃機を開発していたりする。
有名どころからいえばP-38ライトニング、試作機が世界最高速度を記録し(壊れたけど)第二次大戦の米国エースのトップ2の愛機でもあったりと何かと話題には事欠かない機体で双胴双発の洗練された流線型のフォルムを持ち、排気タービン付きエンジンに当時としては強力な武装を持っていた。ただ、エンジンが高空性能の低いアリソンエンジンだったため排気タービンの効果が相殺されて高々度性能はそんなに良くなかったとされ、インタークーラーがJ型までは主翼の内部に取り付けられていたが吸気が悪かったようでエンジンが過熱、爆発することがあったためJ型からエンジンナセル前部にアゴ型に配置されるなどいろいろ一筋縄ではいかなかった機体だったといえる。
戦闘爆撃機としての活躍に目が行きがちだがP-47サンダーボルトも立派な高々度迎撃機である。排気タービンに強力な武装、強力なエンジンと巨大なプロペラによりその巨体に似合わないほど上昇力も良いとされ高々度での飛行性も良かったとされている。実際は枢軸側がそのような迎撃機が必要な高々度性能を持つ爆撃機を開発しなかったためB-17などの護衛機として使われ、それなならまだ高々度護衛機としての道もあったかもしれないが航続距離不足からP-51の登場で武器搭載量と撃たれ強い空冷エンジンの特性を活かした戦闘爆撃機として使われドイツ兵達から「ヤーボ」として恐れられた。

以上2機は迎撃機としてではないが成功した例であるがその他の例も見てみよう

エンジンを胴体中央に置いて延長軸でプロペラを回しついでにそこに大口径機関砲を装備した夢の単発戦闘機といえばP-39エアラコブラだ“「人」の「夢」と書いて「儚い」”とは言うがP-39の場合「儚い」と言うよりは「無残」もしくは「悲惨」と言うべきだろう。上記したようにエンジンを胴体中央に置けば重量バランスは良くなるし大口径機関砲をモーターカノンにすれば命中精度や反動問題も解決しやすくそこに排気タービンを装備した重武装の迎撃戦闘機となるはずだったが重量増加とNACAの指示で排気タービンエンジンに換装したら上昇力と高空性能が低下、しかも容易にスピン(きりもみ)に入る危なっかしい特性まであってパイロット曰く『フリスビーの祖先』だそうだ(たぶん水平きりもみになりやすかったんだろう)しかしそれにも関わらず当時はドイツの快進撃が続いていたため生産、輸出をしたが輸出元の英国はあまりの低性能っぷりにほとんどの受け取りを拒否(後に受け取った分もスピットファイアで代用された)しょうがないんでモーターカノンを20㎜機関砲に換装してP-400として極東、つまりは植民地部隊に送ったわけだが低空でしか能のないP-38は日本軍のもっと低空性能のすごい零戦やら隼やらに喰われて(従来言われるほどで酷くはないが)惨敗を喫してしまった。機首の大口径機関砲も爆撃機ならまだしも戦闘機相手では発射速度やら初速やらでほとんど当たらず役にはたたかった。せめてもの救いなのかレンドリースされたソ連では意外と好評だったが東部戦線には零戦やら隼がいなかったのと地上攻撃には大口径機関砲が役立ったこと、飛行特性は「これが操縦できればなんでも扱える」といわれたI-16や低性能戦闘機とも言われたLaGG戦闘機に乗っていたからロシア人的ニュアンスで許容範囲だったのかもしれない

実はP-38を作ったベル社はP-38の前にも37㎜機関砲を搭載した双発迎撃機を作っていたのだがそれがP-38が霞んで見えるほどソーゼツなシロモノだった。プッシャー式(つまり後ろに向かってプロペラがついてる)双発戦闘機でしかも両方の排気タービン付きエンジンナセル前部に可動式37㎜機関砲(人力、銃主付き)装備されたゲテモノ戦闘機でその名もYFM-1エアラクーダ、どうも敵爆撃機を追尾してケツから大口径機関砲を叩き込んでやる腹積もりらしかったのだがエンジンが冷却不足、戦闘機動が出来ない、速度が遅い、オマケに価格が高いの4拍子そろった出来でもちろん採用とはならなかった。ちなみに小型爆弾を搭載できる爆弾槽を持っていたがこれは爆撃機編隊の上から落としてやるためのものだ。XF4U(コルセアの試作機)にも装備されていたので当時の米国航空業界の流行だったのかもしれない
ちなみこの「双発/単発戦闘機に37㎜機関砲を搭載して爆撃機の射程外からロングレンジを浴びせよう」アイデアはYFM-1の10年くらい前に英国空軍でCOW1.5ポンド37㎜自動砲を搭載した双発と単発の戦闘機が作られたものの結局(やっぱり)性能不足とかで失敗に終わっている
あとカーチスが作ったP-47の豪華版XP-62もいるがこいつは開発にえらく手間取った上にP-47より低性能で試作機1機が作られて飛ばないままスクラップにされたりしてる。

他にもXP-56とかXP-55みたいに航空業界の白骨街道に横たわるような機体もいるが結論として米軍の迎撃機として超一流だったのはP-47ぐらいだったようで、この後米軍が再び迎撃機開発に熱をいれるのはソ連の原爆実験成功まで待たなければいけない


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